青山忠正『高杉晋作と奇兵隊』(吉川弘文館、2007年)

高杉晋作と奇兵隊 (幕末維新の個性 7)

高杉晋作と奇兵隊 (幕末維新の個性 7)

 高杉の評伝はこれまでもいろいろ出ているが、イデオロギーからの自由度、慎重な史料批判、幕末政治史全体の中での位置づけなどの諸点において、本書は最も優れているように感じた。
 青山は高杉に対する評価の変遷を4段階に分けている。同時代人の山口県人のイメージに端を発する、幕長戦争における有能な指揮官像の第一段階、伊藤博文井上馨らによって明治期に喧伝される、長州藩「正義」派の指導者像の第二段階、「王政復古史観」「皇国史観」下における、「維新回天」をもたらした倒幕家の第三段階、そして戦後高度成長期における、自由闊達で奔放洒脱な「国民的英雄」像の第四段階である。これらのそれぞれの時代に制約された虚像を否定し、等身大の高杉を描こうと努めている。
 面白かったのは高杉のその時々の「家」制度における立場を示していることで、彼の場合は最期の時まで父親が健在だったので、嫡子として生まれながらもついに生家の家督となることはなく、時には父の扶養家族扱いだったり、時には独立して別家を立てたり、また数度の下獄や脱走などもあって、武家の社会秩序における公式のステータスは不安定だったのである。それにも関わらず、長州の政治指導者たりえたのはまさに幕末ならではで、変革期特有の流動的状況が彼のような人物を押し上げたと言えよう。
 本書の特色としては、長州藩の世子だった毛利広封(定広)と高杉の信頼関係を重視している点で、幕末政局における広封の動きに注意を払っていることである。一般に他の有志大名に比べ毛利敬親(慶親)は存在感が軽く、家中のパペットと思われがちだが、毛利家の場合は広封が主体性と政治力をもった君主として行動していたのである。高杉の政治力の源泉は広封の側近であったことにあるという。
 なお書名は「高杉晋作奇兵隊」だが、奇兵隊について特別大量に紙幅を割いているわけでも、奇兵隊を構成した個人の人物像を描いてもいない。あくまで高杉の足跡を丹念に追うことを優先し、奇兵隊に関する過去の研究史(かなりの蓄積がある)も示していない。田中彰による同名の名著との混同を避けるためにも、別の書名にするべきだったのではないだろうか。