三橋順子『女装と日本人』(講談社、2008年)

女装と日本人 (講談社現代新書)

女装と日本人 (講談社現代新書)

 異性装を通した日本トランスジェンダー史。前半は古代から現代に至る異性装、特に「女装」をめぐる社会・文化史。後半は著者自身の経験を含む「女装者」の現況。
 記紀神話熊襲征討説話におけるヤマトタケルの女装、古代社会における女装の男巫、中世寺社社会における「稚児」、近世歌舞伎の「女形」及び歌舞伎界と密接な関係のあった「陰間」と、日本社会はおおむね異性装の文化的伝統があり、そこに男性・女性の二元論とは異なる「双性原理」があったという。それが近代に入り、西欧的なジェンダーロールが規範化するとともに、異性装は逸脱とみなされ、特に精神医学の流入によって「変態性欲」の烙印を押されるに至った。ただし、異性装を容認する文化的基層を消し去ることはできず、戦後、女装男娼の登場により復活し、男色文化の一翼を形成していったという。
 本書は女装者をめぐる性愛についてかなりあからさまな逸話(たとえば肛門性交の技術の伝承ルートとか)も出てくるが、注意しなければならないのは厳密な意味での「男―男」の同性愛は本書の関心対象ではなく、女装者は古来、性役割としては「女」の位置に存在することが強調されることである。男と女装者の性関係はホモセクシャルではなくヘテロセクシャルで、実際近世には男の「妻」になった女装者もいたという。ホモセクシャルが女性性への嫌悪と排除を伴うのに対し、女装者はむしろ女性性へ著しく固執する。
 三橋によれば日本は世界的にみてタイに次いで異性装に寛容だという。キリスト教文化圏では依然としてトランスジェンダーに対する抑圧は強く、「ニューハーフ」が持て囃される日本とは様相を異にするという。本書が提示したテーマは多岐にわたるので、今後は個別の実証的研究が待たれる。