ビアトリス・ホーネガー『茶の世界史 中国の霊薬から世界の飲み物へ』(平田紀之訳、白水社、2010年)

茶の世界史―中国の霊薬から世界の飲み物へ

茶の世界史―中国の霊薬から世界の飲み物へ

 「茶」の通史。古代中国における飲茶習慣の発祥と展開、道教と茶の関係、日本での茶道の発達、ヨーロッパでの茶の需要拡大とアジアの植民地化、帝国主義との関係、茶生産の搾取構造の変容、茶の色や味や飲み方を巡るさまざまな逸話などなど、論点は多岐にわたるが、経済史・社会史・文化史が有機的に結びついた叙述となっている。ユーモアやアイロニーを交えた語り口が卓抜である。
 おそらく著者が最も問題意識を抱いているのは、茶の生産者と消費者の不均衡という点である。17世紀初頭にオランダが日本から茶を輸入したのを嚆矢として、ヨーロッパで飲茶習慣が始まるが、当初は薬用品だったのが嗜好品として需要が拡大するに従い、列強間のシェア争いや貿易収支の不均衡が甚だしくなり、周知の通りイギリスは中国との茶貿易の収支を有利にするためにアヘン貿易を始め、それが中国に対する帝国主義的侵出につながった。長らく中国が独占していた茶生産は、近代以降インド植民地での大量生産へ移り(本書ではイギリス人が中国内地で茶の栽培法を「スパイ」し、インドへ移植する経緯も詳述している)、安価な移民労働者の搾取が構造化して今日も基本的には変わっていない。「何世代にもわたって、茶労働者は農園で生まれ、農園で死んでいく。ここでは彼らは侵入者として冷遇され、非熟練労働者として劣った人間とみなされているので、社会階層の底辺に帰属させられている」(p.247)。劣悪な労働環境に加えて、地域社会からの疎外(スリランカでは最近まで茶労働者の多いインド・タミル族には国籍すらなかったという)が茶生産に従事する労働者を苦境に置いている。著者はそうした不均衡の是正策としてフェアトレードを推進する立場を明示している。
 個人的な注目点としては茶とコミュニケーションの関係である。すでに古代中国で茶は社交と結びついて発達し、文人たちは茶会を開いて文化・芸術を議論し、飲茶競技なるものも存在した。17世紀イギリスでは「コーヒーハウス」で茶が供され、「茶を飲みながら、客は新聞や広告パンフレットを読み、ゴシップ、印刷される前の最新ニュース、およそ考えうる限りの話題をめぐる活発な会話に接した」(p.74)。入場料が1ペニーと安価だったことから庶民の社交場として繁盛し、情報交換やビジネスの場としても機能したという。18世紀に流行するプレジャー・ガーデン(社交庭園)も茶が不可欠で、そうした茶会がミドルクラスの一種のステータスとなった。酒もそうだが、茶も常に「他者との時間の共有」をお膳立てする道具なのだろう。茶会の社会的機能の歴史的変容というテーマはもっと開拓の余地があると思われる。