橋本健二『「格差」の戦後史 階級社会 日本の履歴書』(河出書房新社、2009年)

「格差」の戦後史--階級社会 日本の履歴書 (河出ブックス)

「格差」の戦後史--階級社会 日本の履歴書 (河出ブックス)

 戦後日本の階級構造変遷史。資本家/新中間階級/旧中間階級/労働者の4種図式。非管理職の男性ホワイトカラーを「労働者」ではなく「新中間階級」に分類している。個人的な注目点は次の通り。
○ 19世紀末から日中全面戦争直前まで戦前日本のジニ係数は一貫して上昇(1937年には0.547)。戦中のデータを欠いているが、1952年の係数は0.335なので戦争・敗戦を通して所得格差が縮小している。戦争中の格差縮小要因は、生産物米価引き上げ等による農村の所得向上、労働力不足による賃金上昇。占領期では農地改革と1946年の臨時財産税の効果が大きい。ただし、この時期の死亡率では中学卒以上と高等小学校卒の間に大きな断層があり、学歴による戦死・餓死のリスク格差があった。
○ 戦前の労働待遇・賃金体系はホワイトカラーとブルーカラーの厳然たる差別的な二重構造があり、戦後の労働運動においてはこれの解消が重要な課題だった。戦後、両者がともに同じ労組に組織され、ホワイトカラー側がブルーカラーの均等処遇を要求したのは世界でも稀少例。
○ 1950年代の『経済白書』は貧困・格差の存在を重視。「一方に近代的大企業、他方に前近代的な労使関係に立つ小企業及び家族経営による零細企業と農業が両極に対立」(『経済白書』1957年版)している状態を経済成長の阻害要因とみなし、「深刻化する格差と貧困が、けっして戦後復興という自動的プロセスによって解決できない問題であることを明らかにした」(p.105)。
○ 1960年代の高度成長期では、総体としての所得格差は縮小傾向を示すも、ホワイトカラーとブルーカラーの職種間、企業規模間の賃金格差は依然として大きかった。男性の正規雇用化が進む一方、女性の非正規雇用率が急増。新中間階級と労働者階級の格差は拡大し、中小零細企業労働者や農民層の貧困率は高度成長期でも20%以上。
○ 高度成長後の1970年代前半においても、小零細企業労働者の貧困率は15%超で、労災率や労働時間も劣悪。「60年代、大企業労働者は離陸を果たして貧困から脱し、70年代には中企業労働者がこれに続いたが、小零細企業労働者は取り残された」(p.145)。
○ 戦後マルクス主義は古典的な両極分解論に固執し、被雇用者の内部分化を軽視。1980年代になると社会党共産党は「大企業・官公庁労働者では支持が減らなかったのに、中小零細企業では壊滅的といっていいほど支持率が低下」(p.161)した。「生活に不満をもつ」中小零細企業性労働者の自民党支持率は1975年には24.4%だったのが、1985年には41.8%に跳ね上がった(SSM調査)。「取り残された」彼らは、すでに生活水準を向上させた大企業労働者のさらなる条件向上を求める「革新」に見切りをつけた。
○ 1970年代末頃から企業規模間の賃金格差が拡大、小零細企業労働者の貧困率は80年代には60年代の水準に戻る。非正規雇用も急増しはじめ、80年代後半には雇用者の20%超となる。
○ 大企業正規労働者の相対的高賃金は多くの非正規労働の低賃金の上に成り立っており、「すでに『大企業の正社員であること』は、搾取の基盤となりうる『地位』の一種に変質した」(p.197)。
○ 非正規労働者は実質的に従来の「労働者階級」以下の地位にあり、「アンダークラス」を形成している。
 全体を通して、貧困と格差を「小泉以後」の問題ではなく「近代日本」の構造的問題として把握し、高度成長期も含め貧困が終始存在していたことを明らかにしたと評価しうる。